窯猫通信覚書

絵描き・銅版画で本の挿画等描いている市川曜子の銅版画日記です。

耳鼻咽喉科

「『ロック堀越学園』って言われているんでしょ?」と、家賃を払いに行ったら大家さんが言った。
私が造形大を卒業して数年後のことだ。同期だった人達の何人かはまだ同じ町に住んでいたし、同級生の一人は当時この町でバンド練習用のスタジオを経営していた人と結婚した。
造形大がそんなふうに言われてたのは知らなかったけれど、確かに出身者でバンドをやっている人は多かった。でもプロになった人が他校と比べて多いか少ないかはよくわからない。私も含めて造形大生や卒業生の何人かに部屋を貸していた大家さんは、おそらくその時松坂慶子の結婚相手の報道をワイドショーで見たばかりだったのだ。

私が在学中の学園祭には、学校内にあるクラブハウスに他校から来て練習をしていた(今の)杏子とバービーボーイズや、連協、後輩のフライングキッズが出演していた。そして今のカーネーションの直枝君が率いる耳鼻咽喉科
直枝君は私が初めて見た10代の時からステージの人だった。予備校時代も、造形に入っても勿論。
彼は卒業したらプロになるんだろうと、それにはどんな方法があるのかなんてよくわからなかったけど、4年の間に誰もが普通に思っていたと思う。

数年前、皆でカーネーションのライブに呼んでもらった後、ドボチョンが「直枝に音楽の神様が降りてきたのが見えた」というようなことを言ったことがあったけれど、そんなライブをずっと彼は続けているのだろうと思う。


さて、今度、学生時代の直枝君のバンド、耳鼻咽喉科の当時の音源を再現したCDボックスセットが出た。私はまだ手にしていないのだけれど聴くのが楽しみ。仲の良かった同級生の誰もが、それから後輩達でファンだった人たちも、おそらく、曲名を読んだだけで頭の中に当時の音楽が聴こえてきたことだろうと思う。あの凍りつくように寒く、周りは山ばかりのCS祭の野外ステージや教室を思い浮かべながら。


耳鼻咽喉科(私たちは耳鼻って言ってたけど)のCDの話やライブの話を聞いて、懐かしいと言う人が多かったけど、なぜだか私には特に懐かしさはなかった。
耳鼻は当時からすごくレベルが高くて所謂学園祭向けの学生バンドというわけではなく、私の中では一つの音楽の形として確立されていたので、卒業してからも私のテープデッキが壊れるまでは、時々引っ張り出して聴くこともあったからだと思った。
あるいは毎日のように同級生の同じ仲間うちの誰かしらとメールをやり取りしたり会ったりという他から見たらけっこう驚かれる関係が、今でも続いているからかもとも思った。
そして逆に長い年月の間に私の中では、学生時代を懐かしいと思うこともできないくらいに人間関係も含めて色んなことが変わってしまったからだとも思った。


CDボックスセット発売に先立って、先日イヴェントが行われた。私は行かれなかったけれどその時のミニライブの様子はyoutubeに上がっている。


メンバーが皆お雛さまみたいに並んで座っているのがほほ笑ましい。
ボーカルのミチラの歌い方は、何だか昔よりも好きだったし、ジェルソミーナみたいでキュートだ。そしてアコギだけでロックできちゃう直枝君の凄さに、改めて感心しながら見ていたけれど、最後に彼がメンバー紹介をした時、急に懐かしくなった。
学園祭やライブでもそうやってメンバー紹介をしていたんだっけか。確かしていたんだろうな。と思うけれど、久しぶりに直枝君の口から友達の名前をフルネームで聞いたことに対してなのか。26年の月日が一気になだれ込んできたようで、心が揺れた。そうして私は、たぶん、初めて懐かしいと感じることができたのだった。