窯猫通信覚書

絵描き・銅版画で本の挿画等描いている市川曜子の銅版画日記です。

『焼かれた魚』

10数年前に透土社から出版された私の挿画本、小熊秀雄の童話「焼かれた魚」が装幀なども変わり、アーサーの英訳も新たにこの度パロル舎から復刊されました。どうぞよろしく。

焼かれた魚
小熊 秀雄文 / アーサー・ビナード英訳 / 市川 曜子画 / パロル舎\1,575 ISBN:4894190427

小熊秀雄の「焼かれた魚」を初めて読んだのは、晶文社刊の小熊秀雄童話集「ある手品師の話」の中のものだった。その本は、小熊秀雄夫人のツネコさんから母が頂いたのだ。本の間に彼女が挟んだ紅葉の押し葉が入っている。
ツネコさんは、私が生まれ育った椎名町の近くに住んでいらした。偶然の色々から、おそらく彼女の最期の一番新しい友達が私の母や詩人のSさんだったのではないかと思われる。ツネコさんが私の家に見えたとき、私は一度お会いしたことがある。その時私はまだ10代最期くらいだったと思う。何を話したのか殆ど覚えていないけれど、ツネコさんは私の歳を尋ね「いいわねえ。若いってことは。なんでもできるわ。」と遠い目をしておっしゃった。
ツネコさんが亡くなって、小熊秀雄の墓が多磨墓地に新しくできたのだったように記憶している。その後、小熊秀雄はあちこちに取り上げられるようになった。先年、練馬美術館で小熊秀雄の展覧会があった。小熊が描いたツネコさんの肖像画は、皆尖った怖い顔だった。展示されているツネコさんの写真を見た時も、なんだか不思議な気がしたものだった。私の覚えている彼女はもっと優しく、頭脳明せきな品格のあるおばあさんだった。歴史は作られるのだなあ。と、なんとなくそんなふうに思ったのだった。