窯猫通信覚書

絵描き・銅版画で本の挿画等描いている市川曜子の銅版画日記です。

小熊秀雄と池袋モンパルナス

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小熊秀雄と池袋モンパルナス―池袋モンパルナスのそぞろ歩き


先日、元創樹社の玉井さんから送っていただいた「小熊秀雄と池袋モンパルナス」
玉井さんは小熊秀雄協会の代表をされていて、これは玉井さん自ら著作編集された本です。
戦前、池袋界隈に美術家や詩人が住んでいるアトリエがあり、そこを「池袋モンパルナス」と名付けた小熊秀雄とその時代を映し出している、まさに文学アルバムです。

さほど厚くない本ですが、小熊秀雄の北海道時代から池袋での暮らし、彼の様々な活動の詳説や、これまでの小熊秀雄の長長忌(じゃんじゃんき)での鶴見俊輔の講演、井上ひさし谷川俊太郎の寄稿等々が掲載されて、見ごたえ読みごたえがある本でした。



「池袋モンパルナス」と小熊秀雄が名付けたのは、池袋界隈のアトリエ村と言われた木造の建物が密集した一角で、私が生まれ育ち、20年以上暮らしていたのもそのすぐそばだったので、勿論その辺りの謂れはしっていたけれど、実際は中学の英語の先生の家や友達がその辺には住んでいたりして、私にとっては普通の町だった。
時折アトリエ村の路地や建物のモノクロームの写真が掲載されている本や図録を眼にするとき、それは先生の家を探してみようと迷い込んだ路地の記憶そのままで、私の子供時代がそこに留められているような気がするのだった。


アトリエ村の最後の一軒と言われたのは、私が一時暮らしていた場所の数件先の家で、ドアの前に年老いたスピッツがいつもつながれていた。
20年以上前の当時でも、もうかなり古い家になっていたわけで、そこに住んでいたのは怖そうなおじいさんとその一家。おじいさんは、美術とは関係のない普通の暮らしの人だったと思う。


80年代の半ば頃か、西武デパートのサロンで「池袋モンパルナス展」のような催しをやっていたので覗いてみたことがあった。花が会場を飾り、その日が初日だったのか結構な人だった。アトリエ村の写真や資料や当時そこに住んでいた作家達の作品が飾られていた。私がその町の出てから既に何年か経っていたけれど、そんなふうに展示されているとさらに故郷は遠のいたきがしたものだ。
「最後のアトリエ村の家」のような立て札と共にその家の写真もパネルになって展示されていた。写真の隅にはスピッツの眠そうな姿が写っていた。



それでもこうして改めて、本で見せてもらう機会を得たり、数年前に開かれた練馬美術館の小熊秀雄の展覧会を観てみたりすると、生まれた町の色々な出来事と、死んでしまった人達や消えてしまった風景を思い浮かべたりして、何だか時空がまぜこぜになったりして、脳の一部が浮遊してしまうように感じる。