窯猫通信覚書

絵描き・銅版画で本の挿画等描いている市川曜子の銅版画日記です。

頭頂

 家に籠って絵を描いていると、日常生活における感覚は多少鈍くなり、それ以外の感覚が鋭敏になるように思う。所謂頭頂が開いてしまうと言ったような。そうするとしばらくぶりに外へ出たときに、色んな「気」みたいなものをまともに受けてしまったりする。たいていは、それは「負」の気で、敵意の様な種類のものだったりする。そうなる前後は5キロくらいのものを、肩に背負ったような重みがあって頭痛がする。
 自分ではそういう変わった能力みたいなものは、今はもう無いように思う。今はと言ったら昔はあったのかということになるけれど、それは能力というようなものではなくて、おそらく人間が誰でも本来持っているものなのだろうと思う。10数年前、私はそういった感覚がもっと鋭敏な時期があった。限られたことに対してだけれど、次に起きることを予知する夢を見続けたり、小学生の時に0.5になってからコンタクトをしても1.0あるかないかの視力が、その時期だけ驚くほど良くなった。何しろ反対側のプラットホームの時刻表が読めたのだから。当時知りあったW子ちゃんも、同じような状況で、電車の座席でウトウトしながら隣に座っている人の所に落ちてきた網棚の荷物を知らないうちに受け止めていたと言っていた。私はあのままそれを育てていったら、今は視力ももっといいかもしれないが、色んなものが頭頂から入ってくるのは困る。