窯猫通信覚書

絵描き・銅版画で本の挿画等描いている市川曜子の銅版画日記です。

家探しは続く(その6)

ショックもいえぬまま家探しは続く。
駅周辺の不動産屋は殆ど行ったが芳しくなかったので、気乗りのしない1件に昨日行った。
毎日前を通る不動産屋なのだが、以前ちょっと立ち寄った時にそこのおじいさんのあまりの押しの強さに閉口して、避けていたのだ。
そこでちょっと立ち寄って帰ろうと思ったところ、結局内覧をすることになってしまった。
「あなたにぴったり、猫がいる!絵を描いている!絵を教える場所も!もうこれは奇跡の家。ありえない。もうぜったいにここしかありえないんだよっ!!」と、私が出した条件を大きな声で反復しながら、やせ細った腕を振り上げて、ハリポタのゴブリンに似たそのおじいさんは小さな事務所の中をせわしなく歩き回り、私にその家の見取り図を渡した。

・・・それは狭かった。先日の平屋の戸建よりもさらに狭い。
「狭いです。」と、私は言ったが、彼は意に介さず。
「庭があって、もう日当たりは抜群。駅から15分だ!」
「せ・ま・いんですよ」と私が言うと
「見に行きましょう。見れば大丈夫。」と。

大きな声の不動産屋のおじいさんの車に乗り現地へ向かうこととなった。
おじいさんの運転は荒い。若い頃は暴走族(雷族?)だったのかもしれない。
急ブレーキ、急発進、狭い道でもスピードを落とさず、カーブではタイヤが鳴る。
現地に着いたときには、私はやや車酔い状態だった。
駐車場を下りると、天気のせいかそのあたりはなんとなく埃っぽい空気だった。
住宅街ではあるけれど、昔の同じ形の建売が並んだ地区。平日の朝のせいなのか、しんとしている。人一人歩いていない。

昭和30年代に建てられた平屋の貸家が並んでいる。
全て塀で囲まれて、小さな縁側と空き地が付いている。
そこにプラスチックケースを置いて大きな金魚を飼っている家があり、工具が散らばっているような家もあり、物置が倒れている家もあり、プラ波板で囲んだ中から樹が突き出している家があり、色々。

家に入ると、畳も入れ替えられていて、外から見るよりはきれいで広いようだけれど、4畳半2間と6畳であることには変わりない。
おじいさんは、
「こんなに広い、もうありえない。この値段。狭いわけがない。物が多いなら庭に物置を建ててもいい。どんな風に使ってもいい。ただし私に断ってくれさえすれば。悪いようにはしない。もう決まりでしょう。ここ以外にない。」
ああだこうだと喋り続けるおじいさんを横目に見ながら、私は黙々と家を点検し、畳の大きさを測った。
176センチかける86センチくらい。畳も小さし。

帰りもまた車をすっ飛ばし、不動産屋の事務所についた。
毎月の家賃は振込みではなく、大家さんに払いに行くのだと言う。それは構わない。大家さんが農家だったこれまでの家はたいていそうだったから。
しかし、不動産屋のおじいさんと一緒に行かねばならないという。それは結構辛そうだ。

一応希望内容と連絡先を書き、支払うべき金額の明細を書いてもらい、もう少し考えて2時には連絡をしますと言って事務所を出た。
「2時にね!申込金の前家賃もってきてねー。」とおじいさんはニコニコと私を送り出した。

そして私は近所のファミレスで朝ごはんを食べながら時間を潰し家に帰ってから断りの電話を入れたのだった。