窯猫通信覚書

絵描き・銅版画で本の挿画等描いている市川曜子の銅版画日記です。

家探しは続く(その7)

古本屋ののお得意さんから薦められた番外編。
街では古くからあるおそらく昭和30年代に建ったと思われる破風建築のりっぱな銭湯を囲む商店の一角が、ずいぶん前から空きっぱなしになっているから、聞けば貸してくれるのではないか?と。

それは2年ほど前までこの辺りでは結構知られたサイクルショップがあった場所で、ガラス張りの入り口から中を覗くと、自転車の部品やシールなどの残骸が散らばったままになっていた。商店の建物も銭湯と同じくらいにできたものと思われ、なんとなく歪んでいる。
1階が店舗で2階が部屋になっているけれど、2階は多分物置か休憩室に使われているだろう。
建物は窓が東西についている長屋形式で、銭湯の前の広場を挟んで、向かい側には蕎麦屋や赤提灯、他はなんだかつぶれてずいぶんたった店。シャッターが壊れ、道にだらしなく流れ出たようにはみ出している手前の建物は、パン屋だったらしく看板だけが残っている。

空き店舗の隣の肉屋のおじさんに尋ねると、2階は住めないこともないけど、かなり直さないとダメだろう。と、気の毒そうな、やや不審な者を見るような顔つきで教えてくれた。帰りがけにコロッケとハムカツとメンチを買った時は、少し安心したような笑顔だったけれど。

もしここに越したら、私の今後の人生は決まったようなものだろう。
蕎麦を食べて、風呂に入って、赤提灯へ。という毎日だ。まさに極楽の入り口。現世には戻れないだろう。

後日、大家さんである銭湯の息子宅へ訊きに行ったけれど「貸しません」のひとこと。
そのきっぱりとした口調には、あの建物を壊したい。というような雰囲気が感じ取られた。肉屋さんも八百屋さんも高齢だし。またコロッケを買いにでも行こう。