窯猫通信覚書

絵描き・銅版画で本の挿画等描いている市川曜子の銅版画日記です。

久しぶりに本棚から色川武大の「怪しい来客簿」をとりだしてみる。ちょっと怖い話が載っている。これを読んだのは10数年前。父が入院している病院の1階にあるエレベーター前のベンチだった。私はしばらくの間病院に泊まり込んでおり、眠れないまま本をもって、1階に降りたのだった。読んでいる間、何度もエレベーターのドアが開いていたのが思いだされる。中にはだれも乗っていなくて、ドアはまた閉じて上に上っていった。その時、幾度か総毛立つような思いはしたけれど、真夜中に廊下を1人で歩いていて、あちこちの病室からうめき声が聞こえるような古い病院の夜を、さほど恐ろしいとも思わなかった。
色川武大の他の小説も、父の病室で読んだ。妙に臨場感があった。小説に書いてあるいくつかの怪奇現象も、特に不思議とも思わず、その世界にぴったりとはまりこんでいたのだった。全てが当然のことだったし、異界と言う感じは無かったのだ。
色川武大は、御存知のように阿佐田哲也の名前で「麻雀放浪記」を書いている。私は麻雀のルールを少し知っている程度に過ぎないが、あの小説は泣いた覚えがある。考えてみると10数年前に読んで、内容を忘れているものが多い。書棚に並んでいる本を再読してみようと思うこの頃。