窯猫通信覚書

絵描き・銅版画で本の挿画等描いている市川曜子の銅版画日記です。

朝、雨戸を開けたら縁側に猫がいた。
 「おはようございます。」


とも言わず、かといって逃げもせずにたたずんでいる。

彼女は銀吉と駒子の母親である。名前はまだない。そういえば子猫達をあれから見かけない。この猫は向こう隣の家の庭辺りから現われるので、その家のお祖母さんが世話をしているのかもしれない。
家の猫に会わせよう思ったのだけれど、彼女はまだ布団に挟まったまま寝ていて、布団をめくると「ヌー」とか「アー」とか鳴いたり、前足だけ伸ばして伸びをしているフリをするだけでなかなか起きない。
下に降りるとまだ母猫がいたので、家猫の残ったご飯をあげたらガツガツと食べた。あげればいくらでも食べそうな勢いで、食べ終わるとまた縁側に座っていた。私が人さし指をそろそろと伸ばしてみても逃げる素振りはなく、かといって気を許しているわけでもない様子が体全体からうかがわれる。
そこへようやく起きた家の猫がボーッとした顔で呑気に部屋に入ってきた。そうして母親猫を見つけた途端に「ウルルルン。」と言いながら走り寄った。母親猫はびっくりしたのか縁側を大袈裟に飛び降り、振り返りもせず一目散に逃げ去ってしまった。家の猫はぼう然とその先を見つめていたが、なんとなくがっかりした様子でホットカーペットの上に置いてある箱の中に潜り込んでまた寝てしまった。気の毒なことだ。