窯猫通信覚書

絵描き・銅版画で本の挿画等描いている市川曜子の銅版画日記です。

文藝春秋の記事は読んだ。勿論怒りと、そうして色んな意味でひどく悲しい気持ち。
内田樹の研究室の文章が興味深かった。そういうふうにしか思えないような、豹変罵倒ぶりではあったけれど。だから私は亡くなった時に春風社から出た評論集を読むまで避けていたのだけれど。なんというか、今回安原さんがもう一度死んじゃったような、そんな気がした。
8日からまた村上朝日堂が期限付きで再開した。どうも安西画伯の描く村上像は「あしか」を連想させる。(私の友人のアシカ君ではなくて、本物のあしか)
25日のシンポジウム『春樹をめぐる冒険―世界は村上文学をどう読むか』に私は案の定外れ、M亮は参加するというので、きちんとレポートしてきてもらわねば。パワーズは今も前髪が揃っているのか否か。ということだけではなくて。村上さんご本人の参加は予定されていません。と、最初のメールには書かれていたけれど、本当だろうなあーーーーーー。行きたいなあーーーー。

暖かい日が続いていたから、朝方少し寒くても日がのぼれば多少は気温が上がると思っていたのだけれど、私が午後に帰宅しても、猫は出がけに入れてやった湯たんぽを抱えたまま寝ていた。
夕方になって小雪がちらついて、ストーブをつけた。
近所の白梅は満開。あと1ヶ月もしないうちにまた桜だらけの短いけれど幸福な日が来るのだと思うだけで、胸の奥がくすぐったいような気持ちになる。
先週末から仕事がバッティングして、今週も地獄だ。