窯猫通信覚書

絵描き・銅版画で本の挿画等描いている市川曜子の銅版画日記です。

祭日

ゴールデンウィークなので、今週は朝の遊歩道に保育園児たちの群れはいない。ジョギングをする人達の姿もまばらだ。
遊歩道の坂にさしかかると、
「座れ、お座り、座れ、お座り、座れ、座れ、座れ、お座り。・・・」とよく通る若い男の声が途切れることなく聞こえてきた。なおも坂を上っていくと、ちょうど上りきった辺りに尻尾をクルリと巻いた柴犬の後ろ姿が見えた。
飼い主らしき男は、犬に向かって屈みながら短く持ったリードを引いたり、黄色い大きなゴムボールを柴犬の鼻先にあてがったりしながら、「座れ、お座り、座れ、座れ、お座り、座れ・・」を繰返している。ゴムボールが欲しい柴犬は、それが鼻面につけられているものだから容易に座ろうとはしないのだった。
それでも少し腰を降ろしかけると、男は片手にリードを握りしめているためか、ゴムボールを持った方の手で頭を撫でる素振りをするものだから、ボールが貰えるのだと思った柴犬は降ろしかけた腰をまた上げてしまう。すると男がまた「座れ、お座り、座れ、お座り・・・」と、繰り返し始め、誰もいない遊歩道に高らかにその声が響いていた。
私がちょうど彼らの横を通りかかったとき、柴犬が腰を一瞬降ろしたのを見て男はボールを投げた。しかし、リードを短くして握っていたので、走りだした柴犬にぐいと引っ張られ、「待て、あたたたた・・・」と言いながら、男は傾いたまま坂を駆け降りていった。