窯猫通信覚書

絵描き・銅版画で本の挿画等描いている市川曜子の銅版画日記です。

テレビ

越してきて3年目。相変わらずテレビは繋いでいない。越してきたときにアンテナが立っていなかったし、壁にあるそれらしきジャックに短いアンテナケーブルを繋いでみても映らなかったので、そのままになっている。ここに越す前も7年テレビが無くてその後は3年くらいは見ていた。だから最初はスマップも知らなかったし、「北の国から」はラジオの音声で聞いて、わからないところはバイト友達のハセミンに翌日演技をしてもらったりしたものだ。
そうしてまた3年目だ。この間のワールドカップの時は、ラジオの音声で聞いたのだったか、室内アンテナも殆ど役に立たないのだ。


先日来、この辺りはどこかのビルによる電波障害対策でケーブルテレビ局の工事が入っていて、私の家にもやって来た。
私は別にテレビはいらないんだけど。と思ったけれど、借家だから私の一存では決められないので不動産屋さんと大家さんに話してもらい、結局工事をすることになった。
1階で制作しているので、もし見るのだったら2階で。と思っていたのだけれど、2階にはアンテナのジャックは無いから、そうするなら別工事になると言われた。それで、それなら2階はいいです。と電話で言って、約束の当日になった。

朝、1件目が早く終わったという連絡があったので、2階にほおってあったテレビを急いで下におろし、布団の中で寝ている猫が出てこないように襖を閉めて待機していた。
何度か尋ねてきた営業の人がやってきて、ジャックを調べて「2階は?」と言うので、「2階は別工事になるという話だったから1階だけで」と答えると「見てみましょうか。」と言う。私は慌てて「いや、今寝てるので〔猫が)」と答えた。
すぐに検査をする人が小さな機械を片手に入ってきて「2階は?」と尋ねる。「寝てるんだって」「寝ているので」と、営業の人と私が答えると、検査の人は口を半分開けて何か言いたそうにしている。「いや、2階は別工事だって言うから、ぐちゃぐちゃで・・・」と、私が言うと営業の人が、そのようなことをまた検査の人に言っていて、そうこうしているうちに3人目の工事の人が入ってきた。
検査の人は工事の人になにやら指示を出して壁についているジャックを指さしたら、工事の人が「2階は?」と尋ねるので営業の人と検査の人とが「寝てるんだって」と答えた。もう私は「猫が寝ている」とは言えなかった。
結局外から調べたら、2階の窓の外にぶら下がっているアンテナ線は、何もくっついていないBSアンテナ用の線だったので、やはり、私がテレビを見るなら1階のジャックに繋ぐほかないということになった。
私が「見ないからいいんですよ。」と答えると、3人は一瞬黙った。検査の人が「ま、とりあえず、これで繋げば映ります」と言い、「これまで全然見てないんですかー。」と、工事の人が横目で私を見て言った。他の二人は黙っていたが、彼らの目は明らかに「変な女」と言っていた。

絵の道具をよけて急場凌ぎで置いたテレビは、その人達が帰ってから、繋がれることもなくまた2階に戻した。やれやれ、と、布団をめくると、猫は湯たんぽを抱えるように丸くなってまだ寝ていた。