窯猫通信覚書

絵描き・銅版画で本の挿画等描いている市川曜子の銅版画日記です。

駒子

半月ほど前、家の猫を窓際の少し丈のある本棚の上に乗せて外を見せてやっていると、軒先の水路沿いの道を飛び跳ねるようにして子猫がやって来た。子猫は地が白で、背中にロシアンブルーのような銀色の縞模様を背負っている。大きさは20cmくらい。夏前に生まれた子のようだ。パタパタと大げさな足取りでやって来て、石の上や柵の上に飛び乗って滑り降りたりと忙しい。その後ろから、以前、埋めたサケのアラを掘り起こして食べていたノラらしき猫が、私に睨みをきかせながらゆっくりと歩いてきた。元々険しい顔つきが、上目遣いで私を睨んでいてさらに険しい。私の家の猫はといえば、目を見開いて、子猫の素早い動きにあわせて顔が動かしていたが、すぐに本棚から飛び降りて2階に上がっていってしまった。


皿に夕べの鍋の残りを入れて母子にそっと出してやると、母猫はファーファー言って飛びかからんばかりの形相だったけれど、私が部屋に入ると2匹はガツガツと食べ始めた。
部屋の中からその様子を眺めていたら、ニャ〜ニャ〜と、ややヒステリックな声をあげて、子猫がもう一匹母猫達が来た道をヨタヨタした足取りでやってきた。その子は母猫と同じ白地に鯖トラブチで、大きさは最初の猫と同じくらいだ。その子猫が到着しても、母猫と銀吉はわき目も振らずに食べている。後から来た駒子は、餌の方に見向きもせずに二匹の近くに鴨座りをしてじっと動かない。
餌箱が空になると、母猫は私をにらみつけ、銀吉は縁側に飛び乗ったり降りたりとせわしない。駒子のほうは、相変わらず鴨座りをしてじっと目を閉じている。強い風に飛ばされそうだけれど、母猫も駒子をいたわる様子はない。
私が餌を足してやり、駒子の方にその器を押しやってやると、母猫はファーッと言いながら数歩後ずさりをし、銀吉はニイニイと子猫らしい声をあげながら飛び退いたのだけれど、手を伸ばせばすぐに捕まりそうな所でアタフタしている。駒子のほうは、鴨座りと立ち上がる途中の姿勢で必死の声をあげていた。近くで見るとその顔つきがなんだか子猫らしくなく、おじいさんのようだ。
結局新しい餌にも駒子は興味を示さず、母猫と銀吉が平らげてしまい、その間、駒子はまた鴨座りでいたのだけれど、やにわにスクッと立ち上がり、もと来た道を鳴きながら一人でヨタヨタと歩き始めたた。足元がおぼつかず小枝などにつまずいている。そのくせ、途中で立ち止まり、水路をのぞき込んだりしながら、見方によっては楽しそうな様子で、駒子はそのまま私の視界の外に消えていった。
母子猫達は、しばらくその場でうずくまっていたのだが、これ以上餌が貰えないとわかると、やはり、元来た道を戻っていった。

その後、何かが残ったときに縁側の下辺りに皿を置いてやると、1時間もしないうちに空になっている様なときが何度かあった。子猫が一緒なら、鳴き声のひとつも立てるだろう。と、思っていたら、今朝玄関に出ると、家の裏手から走りだした猫の姿があった。
京塚さんだった。
私が「京塚さん」と声をかけても、彼女はわき目も振らずに自分の家の方角へ走っていった。まあ、京塚さんも、「京塚さん」という名前でないことは間違いないのだから、そう呼んでも反応しないのは当然のことなのだけれど、とにかく京塚さんは飼い猫なのだから、他所の軒先に置いてある外猫用のご飯を食べないでもらいたいものだと私は思ったのだった。