窯猫通信覚書

絵描き・銅版画で本の挿画等描いている市川曜子の銅版画日記です。

 感覚的なの

イチカワってさー、感覚型な人なんだ。と、最近知って意外な感じ。」というようなことを、アシカ君に言われた。「あら、どういうところがかしら。私が『アシカ君を始めとして、連協のメンバーはかっこいい。学生時代私のアイドルだった。』と、言ったところでございましょうか?」と私が言うと、アシカ君は口を四角くあいたまま「あ〜あ」と言う顔をして刺身を食べていた。
私は基本的に感覚型で、直感型だ。直感的に「?」と思うと、まず駄目だ。度量が狭いというか・・・。でも、駄目だけれど、どうして駄目なのか、一応チェックしてみる。何処がどうして駄目で、何処がどうしていいのか。それでもまあ最初の「?」が覆ることはあまりなく、より深くなっていったりすることの方が多い。とはいえ、自分の感覚にさして自信もないから、それでいいのかなあ。と、後々まで思っていたりするときもあるにはある。
直感や感覚は、別に持って生まれたものではないわけで、これまでの経験に負うものが多い。しかし私の場合直感的に「変だ」とか「嫌だ」と思っても、言葉でそれがなぜなのかをうまく言えない。百けん先生のように「嫌だから嫌だ」と言えるまでには、まだまだ年期が必要なのだ。

それで、ちゃんと言葉でそれを伝えている人の文章を読む。例えば成城トランスカレッジとか。ここであげられている「ジェンダーフリーとは」は。腹を抱えて頭を抱えたのでリンク。