窯猫通信覚書

絵描き・銅版画で本の挿画等描いている市川曜子の銅版画日記です。

10数年ぶりにこの街に戻ってきたときは、周りがあまりに変わっていたので狼狽えてしまったのだけれど、1年経ってだいぶ慣れた。
北口の駅前は再開発の札が立ったままの空き地があちらこちらにある。昔、アシカ君がこの街に住んいたころに案内してくれたミンミン餃子の店も、どのあたりにあったのか思い出せない。多分更地になっているこの辺りだろうと思いながらいつも通る。変わらずにあるのはパチンコ屋の隣の喫茶店で、そこもおそらく再開発で取り壊されるのだろうと思うけれど、ギリギリの所でまだ免れている。
この夏、初めてその喫茶店に入った。人が一人通れるくらいの狭い階段を上がっていくのだが、茶色い格子のドアを開けたらびっくりするくらい広かった。中は薄暗く、全体に茶色い。中央辺りにカウンターがあって奥にも席が続いているようだ。考えてみたら、1階のパチンコ屋の広さの分あるわけだ。雰囲気は、昔お茶の水にあったような名曲喫茶(サンロイヤルや丘)のようで、実際に流れている音楽もクラッシックだった。制服を着たウエィトレスさんが何人もいて、これがなかなかの美人さん揃いだったので、帰ったらさっそくアシカ君に報告しようと思った。

駅のすぐ前の空き地には水曜に市がたつ。地場産の野菜を売るのだ。この辺りにはまだ農家があちこちにある。しかしこの数週間、市は開かれていないしなんの告知もない。
「水曜じゃなかったでしたっけ。」と、私は警備服姿で空き地の前にいたおじいさんに尋ねてみた。
「そうねえ。市が立っていたよねえ。」と、おじいさんはやにわに傍らにあった自転車を整理し始めながら答えた。「曜日が変わったんでしょうか。」と私が言うと、おじいさんは細い目でチラリと私を見ながら「この辺りには農家がたくさんある。」と、言った。
「この辺りには農家があるにはあるけれど、だいぶ変わってしまったからねえぇー。それでずいぶん少なくなってしまったんだねぇ。農家も。なかなかやっていかれない。」
「ふんふん」と、私は相づちを打った。おじいさんは自転車を整理する手を休めて私の方を向いた。「天気にも左右されるし、台風なんかきたら大変だ。決まった曜日に市をやるというのは難しいんだね。農家って言っても大々的にやっているわけでもなく、ビニールハウスとか天気に左右されないような規模ではなかなかできないんだねぇ。それに夏のこの時期だと採れる野菜も少ないから、もう市はやらないよ。」
「はあ、そうなんですか。」と、私が残念そうに言うとおじいさんは胸に手をあてて「ま、これはオジサンのそ・う・ぞ・う。」と、細い目をさらに細くした。
私はなんだか気が抜けてお礼を言って行こうとすると「日曜にやってたよ。」と後ろからおじいさんの声がした。

茶店の話は、勿論アシカ君にメールで報告をした。「調査にいってみます。」とすぐ返事が返ってきた。地元っ子だった彼だが、その喫茶店には行ったことがないようだった。やはり彼は真面目な高校生だったのだろう。高校時代から喫茶店通いをしていた私とは偉い違いだ。