窯猫通信覚書

絵描き・銅版画で本の挿画等描いている市川曜子の銅版画日記です。

台風

 台風が来た。家の前の用水路は越してから水がなかったのだけれど、雨が降りだして川のように流れている。家には雨戸がない窓がいくつかあり、階段の上の窓から雨がふき込んでいた。家の窓はみなガラスがパテで固定されていない。古いので差し込み式になっているのだ。とりあえずタオルで押さえて雨が止んでからシリコンで埋めてみた。以前の家で風呂場のすき間を埋めるために買ったものだ。作業していると楽しくなってきて家中のガラスをシリコンで固定したくなったけれど、今後ガラスが割れたときに取り外すのが面倒になるので我慢をした。
 夜中の2時頃に、サイレンの音が鳴り響いた。家の前を何台もの救急車等が通って家が揺れた。シリコンで付けた階段の窓をコトコトとあけると、通りを挟んで向かいの人もベランダに出てのぞき込んでいる。私の家は、部屋をつぎ足しつぎ足ししているようで、通りに面した窓はその窓しかないのだが、そこからも向かいのベランダの人しかみえない。消防車も通り過ぎたけれど、半鐘はならしていない。走り去ったその先は細い道になっていて住宅地だし、ここがどこか大きな通りのぬけみちになっているわけでもないのだが。いったいどこでなにがあったのか。と、思いながらボケッとしていたら、向かいのベランダの人の姿が消えてパジャマのままの老婦人が走って出てきてどこかへ行った。空にサイレンが鳴り響いている。風は無風。くんくんと匂いを嗅いでみても、きな臭い匂いはしない。雨の後の湿った匂いの中にキンモクセイの香りが混じっていた。
 布団に入って、ウトウトしていたら、半鐘を鳴らしながら戻る消防車の音で目が覚めた。久しぶりに心臓がバクバクして息苦しいままだった。