窯猫通信覚書

絵描き・銅版画で本の挿画等描いている市川曜子の銅版画日記です。

騒音

 妙な姿勢で描いているため、左肩が痛い。もっとも私は、小学生の頃から肩凝りで偏頭痛持ちで不眠症だった。子供の頃愛用していたサテンの小豆色の枕を抱いて、眠れないまま家の中をウロウロしていたのを思いだす。今はなんだかいくらでも眠れる気がする。といっても、このところ朝は5時に起き夜は早く寝る老人生活だった。それは猫の鳴く声に加えてJRの走る音のせいだった。
 先日、アシカ夫人から電話があり騒音の話になった。アシカ一家が以前住んでいた家は杉並の中央高速の近くだったので、車の通る音がうるさかったのだ。それで、あしか一家はそれを波の音と決めて暮らしていたという。ザー、ザー、と高速を走る車の音を波の音に見立てるのは、そう難しくはない気もする。私も越してきた当初は、電車の音を何かに見立てようと思ったのだ。勿論!
 電車に乗っているのだと思おうとしたけれど、乗車しているのと家の近所に線路があるのとでは大きく違う。「私は夜汽車に乗って、どこか遠い旅に出ているのだ。」と、想像してみたのだけれど、どう頑張ってみても、酔っぱらってガード下に転がっている(たぶん)・・・ような気分だった。
 大学が高尾だった。私は当初は椎名町に暮らしていたので、かなりの時間電車に乗っていた。午前中の授業に出るために早朝家を出て、新宿からガラガラの高尾行きの中央線に乗った。夜はアルバイトをしていて疲れていた私は、毎日高尾までの1時間で睡眠不足を補っていた。そのせいなのか、条件反射で今でも電車に乗って座ると瞬間的に眠くなる。
 椎名町から通っていたと言っても上には上がいるもので、予備校時代からの友人だった手賀沼君は、なんと我孫子から通っていた。ある日学校帰りのバス停で「お、ヨーコ、帰るのか。一緒に帰ろうぜ。」と言われ共に中央線に乗り込んだものの、座席に座った瞬間に、彼はまるで催眠術にかかったかのようにガクッとうなだれて寝てしまった。手賀沼君は、高校時代にラグビーをやっていて、身体がとても大きい。電車が揺れても岩のようで全く動かない。彼は我孫子から通っているうえに夜中にもアルバイトをしていたのだ。
 (大変だなあ。)と思ったのだけれど、私は人が先に寝てしまうと眠ることが出来なくてだんだんつまらなくなった。(一緒に帰ろうぜー。と言ったくせに。)などとボケッと思っているうちに新宿に着いた。起こすのも悪いかと思ったけれど、一応彼の肩を揺すって「じゃーねえー。」と言うと、手賀沼君はびっくりして目を覚まし、寝ぼけ眼で「バイバイ」と手を振った。卒業して未だに集まる友達の中に手賀沼君もいる。靴のデザイナーになっている彼は相変わらず忙しい。そうして会うたびに一段と身体が大きくなっている。