窯猫通信覚書

絵描き・銅版画で本の挿画等描いている市川曜子の銅版画日記です。

不動産屋

引っ越し先を探している友人から「小平で良さそうな所が見つかったんだけど、決めかねていて・・」と、電話がかかってきた。私の家からそう遠くない場所なので、見に行くことにした。彼女が探しているのは1Kなので物件はけっこうあるので、迷うのだろうと思う。その部屋に不動産屋の車で向かいながら、私のほうは戸建ての古い家を探しているのです。と、不動産屋のおじさんに話した。仕事は?と尋ねられたので、絵を描いていると話したら、漫画かと訊かれた。漫画ではなく、主に版画だと答えると、ディズニーみたいなのか?と訊かれた。そうしてこの辺りには漫画家が多いと言った。
「なんとか言う漫画家が住んでいて、なんだっけなあー。鼻毛が出てる漫画で・・・」私は漫画は殆ど見ないので、何のことやらわからずにいたのだが、漫画好きの友人が「あ、わかった。わかった。」と答えると、オジサンは運転しながら嬉しそうに笑った。
「で、漫画家じゃないんだ。」「版画です。」「ディズニーみたいなのとは違うんだね。」「ディズニーとはちょっとちがいますねえ。」「ちょうどいい家があるんだけれど。うん。」と、不動産屋が私に言った。
そんな話をしているうちに、友人が決めかけている部屋に着いた。そのアパートの隣はお墓で、彼女が迷っているのはその一点で、私に霊感チェックをして欲しかったようだ。私にそのような能力がないことは友人も知っているのだけれど、とにかく誰かに見てもらってその部屋に決めたかったようだ。お墓の隣でも湿っぽい空気はなくてなんだかさっぱりしていた。ここ数日天気が良かったせいなのかもしれないけれど。
友人がお風呂のチェックをしている間も、オジサンは私に「借家、2階建てで静かだよ。広いし。お薦めだよ。」と言った。
友人がここに決めたと言い、車に乗り込むと、オジサンはまた借家の話を始めた。けっこう広くて値段も手ごろではあったけれど、最寄りの駅は?と尋ねると、「うーん、どこもないなあ。」と言う。「へ?」「だって、家で絵を描くのにどこか行くの?」と。どこか行くの?って、そりゃ行くわよ。
結局、最寄りの駅は、東大和。それも15分。東大和・・・・。私は昔都市計画事務所のバイトをしていて、東大和の町には調査のために何度も行ったのだ。冷たい風の中で鼻をすすりながら、住宅地図を片手に歩き回ったのを思いだす。
事務所に戻ってからも、オジサンは何度も私に借家の話をしていたけれど、私の反応が今一つとみて諦めたようだった。