窯猫通信覚書

絵描き・銅版画で本の挿画等描いている市川曜子の銅版画日記です。

「思う存分本を買うぞ!」と思って書店へ行く時に限って、欲しい本がない。と、友人のHさんからも同意のメールが来た。新刊が多すぎるのかしら。と思うけれど。リブロへ行って気がついたのは平積みになっている同じ新刊本が、1ヶ所ではなくてそこここにあるということ。入り口に、その作家のコーナーに、お薦め本のところに。と、フロアを移動しても目につくところにあったりして。入り口では横目で通り過ぎても、何度も目に留まるとついつい手にとってしまう。なるほどね。

横目で見た本の中にスーザン・ソンタグ『この時代に想う テロへの眼差し』があった。手にはとらなかった。スーザン・ソンタグは、9.11後のブッシュの言動を批評してアメリカからかなり批判をあびたわけだけれど、なんだかな。違う気がしていて。

それがなんだったのか・・今日の朝日の夕刊に『スーザ・ソンタグ氏に聞く』という記事が載っていた。『粗雑で単純な議論への対抗必要』と見出しにはあるけれど、氏がアフガン攻撃に対して述べている言葉を読んで、ああやはり違うと思う。

『アフガンの民間人に犠牲が出たことは非情に残念だが、アメリカ人はアルカイダ本部を破壊するために軍事行動をおこす権利があった。その付随的恩恵として、タリバーン政権が転覆したのはよかった。おそらく世界最悪の政府だったからだ。だが、それだからと言って、現在のアフガン情勢が良いとは思っていない。』(中略)『政治家は物事を単純可してしまう。それに対し、この本でも繰り返し書いたように物事の複雑な様相を示すのが作家の仕事だし、作家にはその責任がある』と、力をこめた。---3/5朝日新聞夕刊<文化>


うーん。自分も単純化しているじゃないの・・。スーザン・ソンタグが立っている場所をわかったうえで、読んでみてもいいかも。こうして私の本棚は増殖していく。無限か?(『本棚の宇宙』と言うけれど、こういう物理的な意味ではないですね。)

家にこもっていると、甘いものが食べたくなる。ちょうどそこへ大家さんがおまんじゅうを持ってきてくれたので、庭でうけとる。帰り際庭の入り口の雑草の山で、大家さんはつまづいた。明日は庭の掃除するべし。