窯猫通信覚書

絵描き・銅版画で本の挿画等描いている市川曜子の銅版画日記です。

なげいたコオロギ-中身の紹介

私が子供の頃、家にいつも送られてきていた「びわ実学校」という児童文学の雑誌があり、たしかその頃の表紙は今は木版画家になっている作家(山高登さん)が編集者だったころに担当していたような気がするのですが、当時山高さんから父の所へ毎年来ていた年賀状の絵と記憶がごっちゃになっているかも知れません。
びわ実学校は、坪田譲治さんが始めた雑誌で、生家からそう遠くない所にある門の前で「ここがびわ実学校だ。」と教えられたことがあったのですが、ということはそれが坪田譲治さんの家だったのかもしれません。
なげいたコオロギの著者、桜井信夫さんは、その「びわ実学校」と縁の深い方だそうで、最初に編書房の國岡さんから伺った時、その偶然に驚きました。

最初にお話を頂いた時、神楽歌とか古代の歌ということで何だか全然わからなかったんですけれども、原稿を頂いて読み進めているうちに、これはもう私が子供だった頃に読んだり聴いたりしていた童歌に近いような、懐かしさが漂う歌だと感じました。
國岡さんからは、技法の指定はなかったのですが、本はモノクロであるということと、文章のレイアウトと余白の問題から、余白に墨の所謂カット的なものでは、なんとなくしっくりこないなあ。と私は思って、絵をベースに敷いて上に詩を載せたらいいんじゃないか。と國岡さんに話すと、オーケーだったので、もうけっこう好き勝手にやらせてもらいました。技法は木版画と手描きで。

ネットだと、画像は本の表紙だけなので、出版社の許可を頂いたので、ちょっと中身もお見せしましょう。(画像はクリックすると大きくなります。)
例えば


「まつりごま」


これは、子供がこまに向かって「お祭りに行こう」と誘っているんですけれども、人が多いし、馬や牛がいてはね飛ばされたりするから行かない。と、断っていると言う歌。誰が断っているのかと言うと、こまが。これがなんだか面白い。
最後は、こまをてのひらに乗せていると、お祭りの様子を思い出す。というところで終わっています。
この最後の「まつりのさまを おもいだす」という1行が私にとってのキモというか。この1行からシルエット的な絵が浮かび上がってきました。
ちょっと寂しげな感じ。てのひらというモチーフは私が普段から時々描いているものなので、自分としても好きな絵になりました。

次は


「なすのうた」



 うまいなす さがしなす
  やましろなすび うまいなす
  なすなえうえて みずやって

 うまいなす じまんなす
せっせせっせと せわをして
  みのるそばから つみとって

といったふうに、なすなすなす と、リズミカルになすがたくさん出てきます。
これも木版画で作っています。詩と同じようにリズムを持って、ユーモラスななすの雰囲気を出したくて。

これを作っていたのは、まだ夏の前だったので、私は実際になすを育てていなかったのですが、
この夏、なすを植えて細々とですが収穫しているものですから、今改めて読んでみると、全くその通り。という感じがして可笑しくなりました。


桜井さんが「再創造」した古代歌謡の世界は、子供や動物や植物や虫たちに、優しいまなざしをなげかけながら謡っています。絵を作るときには、その雰囲気を壊さないようにとこころがけました。
このことばのリズムは子供が喜びそうだなあ。と思います。子供だと、勝手に曲を付けて歌ってしまいそうな楽しさです。
ぜひ多くの方に読んでいただけると嬉しいです。



それで余談ですが、なすの話。

わすれなす のこりなす
 いつしかひとつ とりのこし
 みるもあわれに ぶらさがり

ほんとに。
今朝慌てて取ったのが、こんなに大きく育っていた、わすれなす。