窯猫通信覚書

絵描き・銅版画で本の挿画等描いている市川曜子の銅版画日記です。

『夢』

一通の葉書が届いた。差出人は以前水彩画教室の生徒だった80歳過ぎのKさんだった。
Kさんは身体を壊し、教室を辞めてから2年以上経つのだけれど、今回の個展に御夫婦で来て下さった。久しぶりにお会いしたKさんは、以前よりも痩せられて声に少し力が無かった。そうして私の作品の「夢」と題した銅版画について尋ねられた。
「夢」は、今年NHKの番組「生活ほっとモーニング」のテキスト5-6月号の中に使われたものだ。沢木耕太郎氏のインタビュー記事の挿画である。その中で、沢木氏は著書『無名』について語っておられた。『無名』は亡くなったお父上のことを書いたものであり、「夢」と題した銅版画は、沢木さんの中にあるお父上のイメージを私が描いたものだ。そのインタビューの頁には他にいくつかの写真が使われているので、旧知の編集長のIさんと相談しながら、なるべく線で表現しようということになり、そのように描いた。
個展にいらした翌日、「「夢」を買いたいので、よろしく」と、Kさんから画廊に電話があり、昨日来た葉書は作品が家に届いた。というものだった。葉書には「『無名』は最近自分が読んだ本の中で深い感銘を受けた本です」と、丁寧な文字で書かれていた。

 個展の時、Kさんが帰りがけに「教室に通うのは、もう大変で。」と言うので。小さな紙などにでも絵を描いて私に送るようにと言うと、Kさんはにっこりと笑っていた。