窯猫通信覚書

絵描き・銅版画で本の挿画等描いている市川曜子の銅版画日記です。

香り

終日制作。全然進まぬので、久方ぶりにハーブオイルをひっぱりだしてみた。私が好むオイルは色々あるのだけれど、パーチュリーとべチュパーを。これはどちらもかび臭い。古い日本家屋の匂いと言ったら良いのでしょうか。

香りというのは、記憶を蘇らせる。
先日また油絵を描き始めた鳥飼が言っていたのだが、私たちにとってはテレピンオイルの香りが青春の香りだ。香りというには強すぎて、身体にもあまりよくないようなものだけれど。
私の友人で同年代の人の殆どは、10代から油絵を描き始めている。大学にいった人でもコースが分かれたり、卒業してから油絵を辞めたりした人も多いわけだけれど、いずれにしても17,8歳から20代まではテレピンオイルと油絵の具の中にいたわけである。
学生時代、徹夜でキャンバスに向かっていて、ハッと目が覚めたら、髪の毛と私の頭の側で寝たがる当時の猫の背中にカドミウムイエローがついていたこともあった。猫は私が慌てたのに驚いて走り回り、白っぽい猫(キャベツという名前で可愛い子でした。)だったので、しばらく黄ばんでいるのが目立っていてかわいそうなことをした。そう。文字通り油絵の具とテレピンにまみれていたのだった。

油絵の具は部屋のスペースの関係で、数年前に押し入れにしまった。銅版画にはテレピンは使わないのだけれど、何かの代用にするときはたまにあるので、机の上にのっている。フタを開けるとタイムトリップする。おそらく当時一緒に絵を描いていた誰もがそうだろうと思う。ここ数年、皆がネットに繋ぐようになり連日日夜、同級生だった連中は専用の掲示板に書き込みをしていて気が晴れたのか、卒業後に毎年年末にやっていた企画パーティも行われていない。(恐ろしいことに卒業して20年近く経つのにそういうことをやっているんですね。私たちは)今度そういうパーティがあったときに、皆でテレピンの匂いを嗅いでトリップするというのはどうかしら。紙コップにサントリーホワイトで。紙のお皿にカキノタネを入れて。怪しすぎるか。