窯猫通信覚書

絵描き・銅版画で本の挿画等描いている市川曜子の銅版画日記です。

紙-2

これまで、紙を干すために部屋に渡してあった紐を銅線に張り替え、目玉クリップを通した。少し離れてみると、天井近くにクリップがきちんと並んで浮かんでいるような案配である。その上には10数年前にバリ土産にもらった象と豚がぶら下がり、天井には相変わらず内田百けんのポスターが貼ってある。

天井に貼られたポスターを見ていると、新宿のバガボンドを思いだす。西口のボルガの側にあった店で、予備校時代に友人達とよく行った。店員さん達はバスの車掌さんが持っているような鞄を前にかけて、狭い店を器用に動き回っていた。貼ってあったポスターは、演劇や古い映画のセピア色をしたものばかりだった。もうとうに店はないし、あの界隈も行くことがない。

紙にどうさ引きをして、クリップに挟んで乾かす。窓は開いているのだけれど、夜半になって風がなくなった。無音---薄い紙がまっすぐに空間に、まるで立っているかのように在ると、何の音もしていないことが目に見えるような気がする。