窯猫通信覚書

絵描き・銅版画で本の挿画等描いている市川曜子の銅版画日記です。


いつものようにのらくらと遊歩道を歩き、出口の高架下にさしかかったら、小学2年生くらいの女の子が私の方を見ながら「怖い、怖いー。」と言って立ちすくんでいる。近づくと、「これ、これ」と地面を指差すので、見ると小さな蛾がハタハタと地面にぶつかりながら細かく羽を動かしていた。
「これは蛾だよ」とかがみこんだ私が言うと、女の子は怖い怖いと言いながら「一緒に帰ろう」と私の手をとったので、私は少し驚いたけれど手をつないで歩き出した。


すぐに女の子は何もなかったかのように「月があるんだよ。」と明るい声で言ったので、空を見上げると上弦の月が電信柱の上の方にかかっていた。「ああ、、本当だ。」という私の言葉を女の子は聞いていないようだった。
「家はどこ」と私が尋ねると女の子は「そこの坂を上ってすぐ」と指をさし「家はどこ」と私に尋ねた。近いけどもう少し先だと私が答えても黙ったままうつむいていた。知らない人と手をつないで歩いていることに、何か思い始めたのだろうか。私だって、この子の親や知り合いが出てきたら、なんと言おうと思ったのだけれど。
程なく坂の上り口に着いたので、「着いたね、気をつけて。」と私は言って手を離した。女の子はどこか別の方角を見ながらしばらく立っていたので、私が「バイバイ」と言うと、「ふえっ」というような息を吐いて踏みしめながら坂を上って行った。