窯猫通信覚書

絵描き・銅版画で本の挿画等描いている市川曜子の銅版画日記です。

昨日は結局これでもかと言うほど寝て、今朝は眩暈はまだ残っているものの、朝からスポーツセンターへ行った。
日曜の朝のジムは、これまでにない賑わいだ。皆メタボ防止のために頑張っているような雰囲気だった。ジムを出たら殆ど眩暈は治まっていたので、買い物をしてから急いで家に戻って友達の展覧会へ。


雨が強くなっていたけれど、歩いて行ったら行き過ぎてしまって戻ったりして50分くらいかかった。途中あまり通りたくなかったけれど近道だったので坂を通ると、報道の通りまるでなんだか事故現場のように花が沢山並んでいた。普段通る道にあんなふうに花が置いてあるということが、清志郎がもういないのだという現実を突きつけられている気がするから私は目を背けたいのだ。
それにしても、たまらん坂国分寺市国立市の境だ。坂そのものは国分寺市にあるのに、やはり「国立」というほうが「国分寺」よりも響きがいいんだな。私が学生の頃は、新宿から中央線のドアが開く時に国立を境に気温が変わるので、都会と山の分岐点の駅のような気がしていたのに、今ではなんだかすっかりハイソな雰囲気の町になってしまった。かわいそうな国分寺。まあ国分寺国分寺で中央線の駅にしては、着地点不明のまま妙な雰囲気で突き進んでいくしかないのかも知れない。駅前は壊れたまま年を重ねているし。とは言っても国立にしても駅舎はなくなってしまった。私は、国立市民なら皆あのかわいい駅舎を残したいと思っていると想像していたので、けっこうあっさりと無くなってしまったことは意外だった。


画廊は矢川の駅の近く。ドローイングと大きい油絵が何点か飾られた室内は、小さいけれど居心地の良い空間だった。窓からは緑しか見えない。時々車が雨を引いて走る音がするだけで静かだった。作品も静か。暗い海を思わせるような。それも船から遠い荒海を見ているような静けさ。といっても、実際私はそんなふうに海を見た事はないし、外の天気が悪かったせいかも知れないけれど。
濱ちゃんの作品を観たのも会ったのも何年ぶりか。本人が全然変わらないのはびっくりだった。画廊が終わってから矢川の側のファミレスで食事をした。十数年前、皆でよく会っていた頃と変わらないような普通の話(本の話とか)をしたりして。まるでその頃の続きのように。


画廊「荘」開廊27周年記念「濱田博昌展」



[会期] 5月30日〜6月27日
[時間] 11:00〜17:30
[休廊] 水曜