窯猫通信覚書

絵描き・銅版画で本の挿画等描いている市川曜子の銅版画日記です。

伐採

家と西隣のアパートとの境にネズミモチが植えてあって、それが去年アパートの大家さんが伐採に来なかったものだから凄いことになっていた。
私の家の2階の庇を超えて屋根の上まで枝が生い茂り、2階の南の窓の半分は濃い緑色の葉っぱで覆われていた。この数ヶ月、朝になるとその茂みの中で鶯が鳴くようになった。
春ごろは下の植木が日陰になってしまい、バラは徒長してヒョロヒョロとしたり、毛虫だかなんだかが降ってきたりして往生していたのだけれど、2階の窓が半分緑の中にあるというのは結構気に入っていたし、西日も遮ってこのところ良い塩梅だった。
それでも、いずれまたアパートの方の大家さんが来るだろうとは思っていたが、それが2日ほど前にやってきた。

仕事に向かうために朝家を出ると、アパートの前に大家さん夫婦の軽トラックが止まっていて、梯子を降ろしている所だった。奥さんに挨拶をすると樹のことを謝られ、私は気に入っているのだけれど。と話すと、奥さんも「私も樹が好きだからこのままで良いんじゃないかと思ったけれど、そうもいかなくて。2階の人にもね。」と、アパートの上の方を見上げた。

西側の窓を私は殆ど開けないので、アパートの2階にまた人が入っているとは思わなかった。その部屋のベランダはもうすっかり樹に覆われて、陽も当たらなくなっている。ここまでになるまでにその人は苦情は言ったのだろうか。

残念ですね。とアパートからネズミモチの枝に目を移しながら私が言うと、奥さんは「また、伸びるし。」となんだか力が抜けたような声で言った。
大家さんの軽トラックのうしろに、なぜか柴犬がつながれていた。樹を切るのになぜ犬を連れてきたのだろうか。柴犬は連れてきてもらったことがさほど嬉しそうでもなく、気のなさそうな顔で私をみていた。


仕事が終わって家に戻った。家の近くまで来て樹が切られていることを思い出し、玄関から路地をのぞいてみると、まるで歪んだ電信柱のような姿でネズミモチの樹が立っていた。
3年前に切っていったときは、多少の枝葉を残していったのに、今回は丸坊主だ。
裏へ回ってみると、中途半端に周りの草もむしられていた。あれだけの枝を伐採して夫婦二人で片づけるのは大変なことだったろう。柴犬が手伝ったとも思えない。


枝を残しておこう。なんてきっと最初は思っていたのだろうけれど、切っているうちにもう嫌になってしまって、バサバサと全部切ってしまったのだろう。
私の家の軒下が妙に明るくなった。西日が照りつける。これはこの夏はまたしんどいことになりそうだ。


鉢植えでヒョロヒョロとしていたユーカリを、西側に植えた。清瀬にいた頃に種から育てたのとは違って、花屋の鉢植えだったユーカリは、銀丸葉で様子はいいのだけれど枝ぶりは少し心もとない。でも成長は比較的早いので、西日を遮るのを託すことにした。




ネズミモチ