窯猫通信覚書

絵描き・銅版画で本の挿画等描いている市川曜子の銅版画日記です。

作品を作っていると、どんどん部屋が狭くなってくる。越してから買ったものは、本棚一本くらいなのに、日に日に狭くなってくる。以前の住居はヒロエさんに「ドラエもんのどこでもドアがついている家」と言われたものだけれど、本当にそんな気がする。あの家にはジグソーパズルのようにモノを組み込んで収納して、それでどうにか作業スペースを保っていた。今の家は部屋が一つ増えたのに、同じくらいのスペースになってしまった。作業をする以外のスペースに余裕があるのだ。ダイニングのようなスペースとか廊下とか。しかしその余裕こそが大事なのだと思い、越したときにプレス機は仕事部屋に設置したのだった。
だが・・・・。狭い。絵を描いていると版画を作ることができない。それどころか、もはや身動きできなくなっている。やはりダイニングもどきの小さい空間にプレス機を移動すべきではないか。と、このところ思案している。
先日、近所まで来たM亮が立ち寄り、久しぶりに私の仕事場を見て「すごいことになってんなあ。」と、ポカンとしていた。私がプレス機を移動したほうがいいと思わないかと尋ねると、その方が良いと言われた。「重いの?動かせないの?」というので、「男4人かなあ。」と私は答えた。
「男4人。連協でできるじゃん。」と、M亮はこともなげに言った。「うーむ。でもなあ。」と、私は腰痛持ちのドラムのズンさんや、最近痩せた気がするベースのたきちゃんや、最後に会ったときには酔っぱらっていたひづ君を思い浮かべた。そして「菊に刀」のキーボードのアシカ君・・・・。
「だいじょーぶじゃないの?連協で。」と、M亮は言う。何しろ彼はリーダーなのだ。
うーむ。うーむ。と唸っている私に「ま、そん時は言ってよ。」と彼は平気な顔で珈琲を飲んでいた。
プレス機は135キロあるのだけれど、3分割できる。運ぶと言ってもずらすというくらいで、2メートルほどの距離ではあるのだが。
M亮が帰った後で私はもう一度メンバーの顔を思い浮かべ、おそらく「ずんさんは腰痛だから」と妻の花梨が電話をしてくるであろうことを想像したりした。
そうして、押入れからタウンページを引っ張り出して「家具移動」と書いてある便利屋さんの電話番号に印をつけたのだった。