窯猫通信覚書

絵描き・銅版画で本の挿画等描いている市川曜子の銅版画日記です。

九十九里浜

生家の本棚には、沢山の本があった。父の部屋にはドキュメンタリーのモノクロの写真雑誌のバックナンバーが収められている棚があった。私の写真体験の様なものは、それが最初かもしれない。そこに写っていたものはあまりよく覚えていないけれど、観賞用の美しい景色などではなくて、農夫や漁師や鉄道員が働いているモノクロのコントラストのきつい写真だった。それは資料用だったためか、幼いころに私がそれらをバラバラと引っ張り出して見ていると几帳面な父にはあまりよい顔をされなかった。
九十九里浜」(小関与四郎著/春風社)を購入。以前、春風社の編集者Nさんに教えてもらって数枚の写真をダウンロードしたり、サイトにもギャラリーが掲載されていたのを見たりしていたのだけれど、やはり本物は違う。(本を箱から出すと、インクの匂いがする。まあ、言ってみればそこから違うのだけれど。クンクンと私はインクの匂いを嗅いで嬉しさ倍増。となるので。)
モニタで見ていた写真は、なんとはなしにセンチメンタルな気分がしたものだった。それは私が夜中に一人で暗い部屋でみていたからかもしれない。本物の写真集はそうではなく、まことに凄い迫力だった。感傷的な気分、ノスタルジックな気分よりもそこに写し出されている漁師達の力に圧倒されてしまう。これは一枚一枚の写真の持つ力のせいでもあるけれど、写真集となるとそれは映画のように、一冊で一つの物語になって迫ってくるのだ。そうしてその写真を生かすための和田誠さんの装幀が素晴らしかった。写真集の原型というか。かといって古いわけではないし、よくありがちな原型を気取ってデザインされているわけでも勿論ない。
写真はいろんなことを考えさせてくれる。私はリアルな写真が好きなのかもしれないと思う。リアリティのある写真。だからといって、ドキュメンタリータッチなものだけ。というわけではない。
九十九里浜」のはじめほうに新藤兼人監督の言葉が載っている。その中に「・・ありのままを写してもありのままは写らない・・・」と。


ISBN:4861100127